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同時代画家としての神田日勝

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(承前)

 前項で、「札幌以外」をひとくくりにすることがいかに無意味かを書きました。
 同時に強調しておきたいのは、木田金次郎にせよ神田日勝にせよ以前は、「孤高の漁師画家」「夭折の農民画家」といったクリシェ(決まり文句)で語られていたことです。そこで地元美術館は、多面的な顔を持ち同時代の美術状況ともそれなりにシンクロして創作を行ってきた画家だったーということを営々とした努力の積み重ねであきらかにしてきたのです。
 しかしここでは、そういう営為が全く顧みられず、「田舎で頑張る画家」というような理解へと後退しているようにすら感じられることです。

 ただ、ここでの救いは、神田日勝がただの田舎の画家ではなく、同時代の世界の動向に敏感な創り手だったことを、出品作が雄弁に物語っていることでしょう。
 冒頭画像は、1968年の「壁と顔」。
 この絵はさまざまな解釈を誘います。
 まず、正面を向く男の顔と、ポスターが貼られた壁だけで構成されているため、ほとんど奥行きを欠いているということ。平面性が強調されており、現代的な絵画といえそうです。

 また、ポスターは、氾濫する情報やイメージの表現という点で、代表作「室内風景」につながるものをもっています。
 左下の、自動車の新聞広告はとりわけ「室内風景」の前駆といえるものでしょう。
 右側は「性」をテーマとした図像が重なり合っています。

 左上の青いポスターは、おそらくドラマーはアート・ブレイキー、トランペッターはディジー・ガレスピー。
 いずれもモダンジャズの巨人です。
 アート・ブレイキーは1961年にバンドを率いて来日公演し、「蕎麦屋の出前持ちが口笛で〈モーニン〉を吹いていた」といわれるほどのブームを巻き起こしました。
 また、ディジー・ガレスピーは、1940~50年代にハードバップと呼ばれる新しいジャズの基礎を築いた奏者で、ほおを膨らませて演奏するのがトレードマークになっています。
 ジャズについては、いまの若い世代は「黒人の音楽」「なんとなくおしゃれ」ぐらいのイメージしか持っていないかもしれませんが、神田日勝がこの絵を描いたときは、時代の最先端をゆく表現だったのです。





 当時、日勝は、全道展や独立美術に出品することで、広い世界の情報を得るとともに、十勝の鹿追にいながらにして、東京や海外の文化シーンと同じ土俵に立つことができました。

 いまの団体公募展にそれを求めても、得るところは少なそうです。
 それは同時に、地方に住む作家にとっては厳しい時代であることの現れです。

 都市と農村の生活格差はかつてないほど縮まってきているように見えますが、その一方で作家にとっては、越えがたい不可視の壁は次第に高くなっているのかもしれません。

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