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NHK朝ドラ「なつぞら」の山田天陽(吉沢亮)のモデルは神田日勝なのか

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 NHKの連続テレビ小説「なつぞら」を、おおむね毎日見ている。
 テレビは気象情報とプロ野球中継以外はあまり見ないし、主演の広瀬すずにもさして興味はないのだが、舞台が北海道の十勝で、神田日勝をモデルとしたとおぼしき少年が登場するとあっては見ないわけにはゆかない。

 北海道美術ネット別館としてはここで神田日勝についてまとまった文章を書くべきであろうとも考えたが、日勝と朝ドラについてはすでにいくつかのサイトやブログが詳しく解説をしており、いまさら全面的な解説文を書くのもあまり意味がない。
 興味のある方は、各自検索してください。いまや「神田日勝」と検索しただけで、多くのサイトやブログがヒットする。

 神田日勝の概略については、神田日勝記念美術館 http://kandanissho.com/
のサイトで知ることができるので、まずは「神田日勝の生涯」のページを読んでほしい。
 日勝の一家が1945年、戦争末期の空襲で東京を焼け出され十勝に開拓にやって来たこと、中学を卒業して農家を継いだこと、兄・一明が絵が得意で東京藝大に進んだことなど、多くの点で、日勝とドラマに登場する山田天陽とが共通していることがわかるだろう(ちなみに、お兄さんは健在で、4月29日まで札幌でミニ個展を開いている)。

 なにより、馬の絵を得意としていたという点で、神田日勝と山田天陽は一致している。
 彼が馬のパラパラ漫画を描いて、主人公のなつに見せる場面が、最初の頃にあったが、エドワード・マイブリッジが撮った馬が映画発明のきっかけになったことを鑑みれば、非常に感慨深いというか、示唆に富んだ美しいシーンだったと思う。


 しかし、モデルはあくまでモデルであって、実際の神田日勝とは食い違っているところももちろんある。

 山田天陽役の吉沢亮が、あまりにやせぎすで、色も白く、開拓農家らしさがないこともそのひとつだ。

 なにより異なるのは、なつや山田天陽が住んでいる「音問別村」は、神田日勝がいた「鹿追」ではあり得ないことだ。

 東京に行きたいばかりに失踪したなつが帯広に行くシーンがあった。
 鹿追から帯広までは約37キロ。車でも1時間近くかかる。
 大人が歩いてゆうに9時間はかかるだろう。
 子どもの足で、その日のうちに着く距離ではない。
 柴田家が総出で、子どもも含めて迎えに行くようなところでは、絶対にないのだ。

 まして、神田日勝が入植したのは、鹿追町の中心部ではなく、役場から北へ6キロほど離れた笹川という地区だ。
 今でこそ道路が舗装されているので鹿追と笹川の間は自動車ですぐだけれど、かつては道路事情も悪く、おそらく笹川から鹿追市街地へ行くだけで一日仕事だったことは、想像に難くない。

 なつが十勝に着いたころは、鹿追には河西鉄道(のちの十勝鉄道)と北海道拓殖鉄道が走っており、後者には「北笹川」という駅もあった。したがって、柴田牧場が牛乳を出荷するのが不可能だったとはいえない。

 とはいえ、この「音問別」は「音更」に比定するのが妥当だろう。






 1枚目の地図と2枚目の地図は縮尺がだいぶ異なるので要注意。


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