(画像が多いので、記事を二つに分割しました)
1.複製画展の利点
美術の専門家ではなくなぜか気鋭の生物学者、福岡伸一さんの監修で行われている、フェルメールの複製画展。
この展覧会では「リ・クリエイト作品」と称しています。
(フェルメールが17世紀オランダのデルフトで活躍した画家であることや、市民生活のひとこまを、光に対する鋭敏な感覚とともに描き、20世紀に入ってから人気が出たことなどは、ここでは省略します)
あと2日間しか会期がないのですが、これを読んでいる読者の多くの方の関心はおそらく
「複製画だけど、本物そっくりなの?」
ということではないでしょうか。
結論から言いますと、相当健闘していると思います。
フェルメールの作品は欧米各国に分散しており、数が少ないため(今回は「全37点」と銘打っている)、その気になれば大半を見て回ることは不可能ではありません。
また、時折、日本にも作品がやってきます。
とはいうものの、やはりそうそう海外旅行はできませんし、日本に作品が来るときもほとんどが1点、東京に来るだけです。
北海道にいて、彼の作品をいっぺんに見ることができる。これはやはり、複製画の展覧会ならではといえるでしょう。
中には、1990年に盗難にあってきり、いまだ発見されておらず、どうしたって本物を見ることができない「合奏」(右)のような作品もあるのです。
しかも、会場はすべて撮影OK(ストロボ不可)。
冒頭に掲げた「デルフトの眺望」(かのフランスの文豪プルーストが「世界で一番美しい絵」と評した作品)の前で、記念写真を撮り
「年末年始はオランダに旅行していたんだ」
と友人にしらじらしいうそをつくことも可能でしょう(笑)。
また、画集にはない利点として、「大きさの感覚がつかめる」というのがあると思います。
もちろん画集にもサイズは記されています。しかし、印刷されている大きさはまちまちです。
フェルメールの作品の意外な小ささが、あらためて実感できるのではないでしょうか。
左に掲げた「小路」など、53.5×43.5センチなのですが、これはF10号相当です。それが、感覚的につかめます。
2.複製の限界
ただし、仔細に見ていくと、そこにはやはり本物との違いは歴然とあります。
すごく印象批評的な言い方を許してもらえれば、雲や水、床や壁の描写はまさに迫真なのですが、人物や静物がどうも薄っぺらく感じられるのです。
たとえば、冒頭の「デルフトの眺望」。
その一部、街の部分を拡大してみます。
なんだか書割みたいに、平板に見えませんか。
ほかにも、例を挙げてみます。
「紳士とワインを飲む女」。
壁の色が青みを帯びているのは、デジタルカメラの限界であって、複製画の限界ではありません。
離れて見ると、まったく本物そのものです。
しかし、左側のステンドグラスの窓に近づいてみると…。
やはり、平板さが感じられないでしょうか。
代表作「牛乳を注ぐ女」はどうでしょう。
筆者は、今回、背後の壁の下方が意外と細かく描かれていることに、初めて気づきました。画集ではなかなか目のいかない箇所かもしれません。
左腕に注目してください。
フェルメールにはめずらしく、筆の跡(タッチ)が残っていますが、それもそこそこは再現されています。
この絵は、わりとうまく再現されているほうかもしれません。
3.本物と複製を分けるもの
以下は仮説です。
絵の本物と複製とは、なにが異なるのでしょうか。
それは、絵画、とくに油彩などの制作の肝にかかわってくる部分です。
初心者のサークル展などに行くと、時折ものすごく素人くさい絵が並んでいることがあります。原因の多くは、キャンバスの上に1度しか絵の具を置いていないことです。
小中学校の水彩画なら、それでもいっこうにかまいません。しかし、油絵なら、地塗りや下地の上に、絵の具を重ねていくのが普通です。その積み重ねがあるからこそ、画肌は堅牢になります。そして、絵の具によって透明度は異なりますから、上層の色は下層の絵の具の色を透過させています。
さらに、絵の具によってはガラス質を含んで光を反射することもあります。
また、フェルメールのような近世以前の画家ではあまりないことですが、絵の具が厚塗りになって、絵の場所によって画肌の厚さが異なる場合もあります。
以上のことからわかるのは、反射や、絵の具の厚さの差などにより、絵の多くは、見る場所によって色が変わるということです。
何層にも重なった色は、複製で忠実に再現することは不可能なのです(絵の具の重なり具合まで印刷できるほど技術が進歩するときがくるかもしれませんが)。
画集は、視点を動かさずに見ることができますが、展覧会場では人は歩いて、あるいは車椅子に乗って、絵から絵へと移ろうので、かならずといっていいほど複数の視点から作品を見るわけです。だから、誰もが、微妙に異なる色合いの絵を鑑賞しているのです。
2015年12月4日(金)~16年1月3日(日)午前10時~午後5時(入場~午後4時半)
プラニスホール(札幌市中央区北5西2 エスタ11階)=ビックカメラのいちばん上
一般800円、中高大生500円、小学生以下無料
□公式サイト http://msbrain.net/vermeer/
(この項続く)
1.複製画展の利点
美術の専門家ではなくなぜか気鋭の生物学者、福岡伸一さんの監修で行われている、フェルメールの複製画展。
この展覧会では「リ・クリエイト作品」と称しています。
(フェルメールが17世紀オランダのデルフトで活躍した画家であることや、市民生活のひとこまを、光に対する鋭敏な感覚とともに描き、20世紀に入ってから人気が出たことなどは、ここでは省略します)
あと2日間しか会期がないのですが、これを読んでいる読者の多くの方の関心はおそらく
「複製画だけど、本物そっくりなの?」
ということではないでしょうか。
結論から言いますと、相当健闘していると思います。
フェルメールの作品は欧米各国に分散しており、数が少ないため(今回は「全37点」と銘打っている)、その気になれば大半を見て回ることは不可能ではありません。
また、時折、日本にも作品がやってきます。
とはいうものの、やはりそうそう海外旅行はできませんし、日本に作品が来るときもほとんどが1点、東京に来るだけです。
北海道にいて、彼の作品をいっぺんに見ることができる。これはやはり、複製画の展覧会ならではといえるでしょう。
中には、1990年に盗難にあってきり、いまだ発見されておらず、どうしたって本物を見ることができない「合奏」(右)のような作品もあるのです。
しかも、会場はすべて撮影OK(ストロボ不可)。
冒頭に掲げた「デルフトの眺望」(かのフランスの文豪プルーストが「世界で一番美しい絵」と評した作品)の前で、記念写真を撮り
「年末年始はオランダに旅行していたんだ」
と友人にしらじらしいうそをつくことも可能でしょう(笑)。
また、画集にはない利点として、「大きさの感覚がつかめる」というのがあると思います。
もちろん画集にもサイズは記されています。しかし、印刷されている大きさはまちまちです。
フェルメールの作品の意外な小ささが、あらためて実感できるのではないでしょうか。
左に掲げた「小路」など、53.5×43.5センチなのですが、これはF10号相当です。それが、感覚的につかめます。
2.複製の限界
ただし、仔細に見ていくと、そこにはやはり本物との違いは歴然とあります。
すごく印象批評的な言い方を許してもらえれば、雲や水、床や壁の描写はまさに迫真なのですが、人物や静物がどうも薄っぺらく感じられるのです。
たとえば、冒頭の「デルフトの眺望」。
その一部、街の部分を拡大してみます。
なんだか書割みたいに、平板に見えませんか。
ほかにも、例を挙げてみます。
「紳士とワインを飲む女」。
壁の色が青みを帯びているのは、デジタルカメラの限界であって、複製画の限界ではありません。
離れて見ると、まったく本物そのものです。
しかし、左側のステンドグラスの窓に近づいてみると…。
やはり、平板さが感じられないでしょうか。
代表作「牛乳を注ぐ女」はどうでしょう。
筆者は、今回、背後の壁の下方が意外と細かく描かれていることに、初めて気づきました。画集ではなかなか目のいかない箇所かもしれません。
左腕に注目してください。
フェルメールにはめずらしく、筆の跡(タッチ)が残っていますが、それもそこそこは再現されています。
この絵は、わりとうまく再現されているほうかもしれません。
3.本物と複製を分けるもの
以下は仮説です。
絵の本物と複製とは、なにが異なるのでしょうか。
それは、絵画、とくに油彩などの制作の肝にかかわってくる部分です。
初心者のサークル展などに行くと、時折ものすごく素人くさい絵が並んでいることがあります。原因の多くは、キャンバスの上に1度しか絵の具を置いていないことです。
小中学校の水彩画なら、それでもいっこうにかまいません。しかし、油絵なら、地塗りや下地の上に、絵の具を重ねていくのが普通です。その積み重ねがあるからこそ、画肌は堅牢になります。そして、絵の具によって透明度は異なりますから、上層の色は下層の絵の具の色を透過させています。
さらに、絵の具によってはガラス質を含んで光を反射することもあります。
また、フェルメールのような近世以前の画家ではあまりないことですが、絵の具が厚塗りになって、絵の場所によって画肌の厚さが異なる場合もあります。
以上のことからわかるのは、反射や、絵の具の厚さの差などにより、絵の多くは、見る場所によって色が変わるということです。
何層にも重なった色は、複製で忠実に再現することは不可能なのです(絵の具の重なり具合まで印刷できるほど技術が進歩するときがくるかもしれませんが)。
画集は、視点を動かさずに見ることができますが、展覧会場では人は歩いて、あるいは車椅子に乗って、絵から絵へと移ろうので、かならずといっていいほど複数の視点から作品を見るわけです。だから、誰もが、微妙に異なる色合いの絵を鑑賞しているのです。
2015年12月4日(金)~16年1月3日(日)午前10時~午後5時(入場~午後4時半)
プラニスホール(札幌市中央区北5西2 エスタ11階)=ビックカメラのいちばん上
一般800円、中高大生500円、小学生以下無料
□公式サイト http://msbrain.net/vermeer/
(この項続く)