自分のブログを振り返ってみて、札幌の銅版画家である志摩利希さんについて、ちゃんと紹介していないことに気がついた。これは、われながら、いかんと思う。
志摩さんは利尻島生まれで、多摩美大を卒業後しばらく関東地方を拠点にしていたが、数年前に札幌に転居した。それ以後、この2、3年ほどの活動はめざましく、ギャラリー犬養やカフェ北都館ギャラリーで個展を開いたほか、全道展でも入賞を果たし、60代の「新鋭」として道内の版画界に地歩を固めつつある。
志摩さんの作品は、女性と風景を組み合わせたものが多い。
風景は、どこか実在のものというより、北海道のどこかを描いていたり、シュルレアリスムふうに動植物を登場させていたりする。
女性は、裸婦も着衣もあるが、生き生きと躍動的に動いているような図柄はあまりなくて、大半はたたずんでいたり、横たわっていたりで、動きが感じられることは少ない。このことは、画面に静かな印象を与えている。
そして、これは筆者だけなのかどうかわからないのだが、多くの作品から「懐かしさ」が漂ってくるのだ。
古い街並みを撮った写真に懐かしさを感じるのはある意味で当然だが、志摩さんの版画には、特に古いイメージが描かれているわけではない。
もしかしたら、風景に北方の郷愁を感じさせる要素がにじんでいるが、北海道の人以外には伝わりづらい感覚なのかもしれない。
冒頭画像、右端は「Spring Daydream」。
室内のソファに横たわる女性。その手前の床に、水が流れ込む。
背後に、白いカーテンが揺れ、向こう側の景色は雪で覆われている。
spring とは、これから訪れる「春」の意味と、水がわく「泉」の意味をかけているのかもしれない。
そのとなりは、個展タイトルにもなっている「Twilight Nirvana」。
むりに日本語に訳すと「薄暮の涅槃」ぐらいになるだろうか。
室内で、空中に浮かんだ長いすに横たわった女性の身体から、木がはえている。
右手前のチェアには、女性をみとるような角度で、ふしぎな動物(擬人化された犬?)がこしかけている。彼女を停泊させているように、つながるロープ。
そして、右上に浮かぶ家や女性。
神話的な、不思議な世界である。
志摩さんは、多色刷りの版画も制作するが、今回はすべて単色。
そのかわりというか、珍しく、昔の油絵や、陶オブジェの新作を、何点も出品している。
2枚目の画像、左は「北冥の雨」、右は「北冥の雪」。
これに限らず、今回の個展には、2枚が組みのように並んでいる作品が非常に多い。
志摩さんは「自分のくせなんです。1枚作ると、どうしてももう1枚、セットにすることを考えてしまう」と話す。
とくにこの2点は、双子のような作品だ。
いずれも天使が中央に立っている。
「雨」のほうは、こちらに背中を向けた裸身。背にはえたふたつの羽は、黒く、下を向いている。
一方「雪」では、正面を向いて、白いワンピースのようなものを着ている。双方の羽は白く、上を向いている。
どちらにも、画面の上の方に文字が書かれたリボンが浮いていて、天使のアルカイックな表情とあわせ、なんだか中世から初期ルネサンス絵画のような空気感を漂わせている。
「雨」のほうには
「Umino amega Yamutok」(海の雨がやむ)
とある。
こちらの天使は、海の上に立っているのだ。
左下にはアザラシのような海獣が3頭、波間から顔を出している。
「雪」には
「Yukiga Otomonaku Umini」(雪が音もなく海に)
とある。
暗い森のような場所に、雪がちらついている。
この2枚は、額装されたバージョンが「全道展第8回新鋭展」のほうに展示されていた。
左が「Falls」、右が「Crow Fountain」。
右は泉水というより温泉のようで、水のほとりにすわる裸婦のそばには木製の風呂桶や脱衣かごが置いてあるし、右手の木の枝にはタオルらしきものが掛かっている。
もっとも、これは羽衣伝説なのかもしれない。
空にかかる半月。下ってくる水流の発端にある小屋と屋根の上のけだもの。左手にも木の家。
階段の上にシルエットを見せている親子らしき2人…。
追憶と幻想とが入り混じり、遠い夢のような世界が展開されている。
このほか、ワンピースをたくし上げて水の中へと入る女性を描いた「海明け」と「雪解け」、利尻での海水浴の思い出が反映している油絵「寒い夏の海辺」(1985)、大きさの異なる2枚のカンバスを上下に組み合わせた油絵「柘榴と肖像」、版画の中の要素が立体になって飛び出してきたような陶オブジェの「Standing Man」「白いお家と黒いお家」「雨の家」、版画の小品「星拾い」「Trauma Sky」など、多彩な作品が並んでいる。
ここまで書いて、ふと思ったのだけど、とりわけ今回は、画面に水があふれている絵が多い。
これは、旧ソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーの作品に共通している。意外なところに侵入していく水は、生命の暗喩でもあるだろう。
2018年11月14日(水)~26日(月)午後1時~10時半(最終日~7時)、火曜休み
ギャラリー犬養(豊平区豊平3の1 galleryinukai.com/ )
関連記事へのリンク
■つながろう2018 TIME AXIS 時間軸 (2018年6月)
ギャラリー犬養への道 (アクセス)
・地下鉄東西線「菊水駅」2番出口から約550メートル、徒歩7分
・中央バス「豊平橋」から約300メートル、徒歩3分
・地下鉄東豊線「学園前駅」から約970メートル、徒歩13分
志摩さんは利尻島生まれで、多摩美大を卒業後しばらく関東地方を拠点にしていたが、数年前に札幌に転居した。それ以後、この2、3年ほどの活動はめざましく、ギャラリー犬養やカフェ北都館ギャラリーで個展を開いたほか、全道展でも入賞を果たし、60代の「新鋭」として道内の版画界に地歩を固めつつある。
志摩さんの作品は、女性と風景を組み合わせたものが多い。
風景は、どこか実在のものというより、北海道のどこかを描いていたり、シュルレアリスムふうに動植物を登場させていたりする。
女性は、裸婦も着衣もあるが、生き生きと躍動的に動いているような図柄はあまりなくて、大半はたたずんでいたり、横たわっていたりで、動きが感じられることは少ない。このことは、画面に静かな印象を与えている。
そして、これは筆者だけなのかどうかわからないのだが、多くの作品から「懐かしさ」が漂ってくるのだ。
古い街並みを撮った写真に懐かしさを感じるのはある意味で当然だが、志摩さんの版画には、特に古いイメージが描かれているわけではない。
もしかしたら、風景に北方の郷愁を感じさせる要素がにじんでいるが、北海道の人以外には伝わりづらい感覚なのかもしれない。
冒頭画像、右端は「Spring Daydream」。
室内のソファに横たわる女性。その手前の床に、水が流れ込む。
背後に、白いカーテンが揺れ、向こう側の景色は雪で覆われている。
spring とは、これから訪れる「春」の意味と、水がわく「泉」の意味をかけているのかもしれない。
そのとなりは、個展タイトルにもなっている「Twilight Nirvana」。
むりに日本語に訳すと「薄暮の涅槃」ぐらいになるだろうか。
室内で、空中に浮かんだ長いすに横たわった女性の身体から、木がはえている。
右手前のチェアには、女性をみとるような角度で、ふしぎな動物(擬人化された犬?)がこしかけている。彼女を停泊させているように、つながるロープ。
そして、右上に浮かぶ家や女性。
神話的な、不思議な世界である。
志摩さんは、多色刷りの版画も制作するが、今回はすべて単色。
そのかわりというか、珍しく、昔の油絵や、陶オブジェの新作を、何点も出品している。
2枚目の画像、左は「北冥の雨」、右は「北冥の雪」。
これに限らず、今回の個展には、2枚が組みのように並んでいる作品が非常に多い。
志摩さんは「自分のくせなんです。1枚作ると、どうしてももう1枚、セットにすることを考えてしまう」と話す。
とくにこの2点は、双子のような作品だ。
いずれも天使が中央に立っている。
「雨」のほうは、こちらに背中を向けた裸身。背にはえたふたつの羽は、黒く、下を向いている。
一方「雪」では、正面を向いて、白いワンピースのようなものを着ている。双方の羽は白く、上を向いている。
どちらにも、画面の上の方に文字が書かれたリボンが浮いていて、天使のアルカイックな表情とあわせ、なんだか中世から初期ルネサンス絵画のような空気感を漂わせている。
「雨」のほうには
「Umino amega Yamutok」(海の雨がやむ)
とある。
こちらの天使は、海の上に立っているのだ。
左下にはアザラシのような海獣が3頭、波間から顔を出している。
「雪」には
「Yukiga Otomonaku Umini」(雪が音もなく海に)
とある。
暗い森のような場所に、雪がちらついている。
この2枚は、額装されたバージョンが「全道展第8回新鋭展」のほうに展示されていた。
左が「Falls」、右が「Crow Fountain」。
右は泉水というより温泉のようで、水のほとりにすわる裸婦のそばには木製の風呂桶や脱衣かごが置いてあるし、右手の木の枝にはタオルらしきものが掛かっている。
もっとも、これは羽衣伝説なのかもしれない。
空にかかる半月。下ってくる水流の発端にある小屋と屋根の上のけだもの。左手にも木の家。
階段の上にシルエットを見せている親子らしき2人…。
追憶と幻想とが入り混じり、遠い夢のような世界が展開されている。
このほか、ワンピースをたくし上げて水の中へと入る女性を描いた「海明け」と「雪解け」、利尻での海水浴の思い出が反映している油絵「寒い夏の海辺」(1985)、大きさの異なる2枚のカンバスを上下に組み合わせた油絵「柘榴と肖像」、版画の中の要素が立体になって飛び出してきたような陶オブジェの「Standing Man」「白いお家と黒いお家」「雨の家」、版画の小品「星拾い」「Trauma Sky」など、多彩な作品が並んでいる。
ここまで書いて、ふと思ったのだけど、とりわけ今回は、画面に水があふれている絵が多い。
これは、旧ソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーの作品に共通している。意外なところに侵入していく水は、生命の暗喩でもあるだろう。
2018年11月14日(水)~26日(月)午後1時~10時半(最終日~7時)、火曜休み
ギャラリー犬養(豊平区豊平3の1 galleryinukai.com/ )
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ギャラリー犬養への道 (アクセス)
・地下鉄東西線「菊水駅」2番出口から約550メートル、徒歩7分
・中央バス「豊平橋」から約300メートル、徒歩3分
・地下鉄東豊線「学園前駅」から約970メートル、徒歩13分